21ー弐拾「コトバの魔女」

言葉は意志や気持ちを伝える手段だ。

それは当たり前のはずであるのに

伝えるって、なんて難しいんだろう、と常日頃おもう。

 


大人になったら上手くなる、なんて思ったけど

大人になっても上手くならないどころか

さらにさらにややこしいことになるのは何故なんだろうか(笑)

 

 

 

あれは高校2年の時だった。

国語の授業のあと、私を含めて3人、廊下に呼び出された。

 


なんかやらかしたかな?と考えたが、他の2人を見る限りは、ヘマしない感じのメンバーだ。

 


すると廊下で待っていた国語教師はこう言った。

「あなたたち3人、放課後に話があるから文芸部にいらっしゃい」と。

 

唐突な要請に混乱したが、どうやら授業中の作文の出来が良かった3名が、文芸部顧問であるこの国語教師に招待?されたらしい。

 


他の2人はともかく、自分の作文のなにがよかったのかさっぱりわからないまま部室にむかったが、ドアを開けるとそこには山盛りのお菓子が待っていたのだった。

 


校内におやつだなんて絶対NGの学校生活のはずが、ベテラン教師の顧問の権威により、この部室内だけは公認されているらしい。

 


学校内でおやつ食べ放題……その甘やかな響きと黄金のオーラを放つ菓子の山の魅力の破壊力は、校則に縛られていた女子高生には半端なものではなかった。

 


それは幼少の頃に読んだ「ヘンゼルとグレーテル」に出てくる「お菓子の家」のような絶大なインパクトを与えたのだった。

 

 

 

しかし、童話のお菓子の家が魔女の罠だったのと同様、部室のお菓子にも顧問の罠があったのだ。

 


3年の先輩方におやつを勧められて、ご機嫌に談笑している最中に、その罠は発動した。

 


「今日でね、三年生は引退するのよね。だから次の部長を決めなきゃ。ハイ、2年の3人、じゃんけんして!」

 


「え??」

 


2年の私たちはお菓子を摘んだまま思考停止し、顔を見合わせた。

 


まだ入部すると言ったわけではないのに……

そんな思いでいっぱいだったが、それを言わせない空気がそこにはあった。

 


甘いお菓子とは真逆の

張り詰めて身を切り裂くような魔女の……いや顧問の威圧に満ちた視線の魔術に私たち3人は凍りついた。

 


そして言われるままにじゃんけんをしたのだ。

 


そうだ、別にヒラ部員なら問題はない、そんな逃げ道を必死で探していた。

 


しかし、次の瞬間、グーを出した私の握り拳はワナワナと震えていた。負けてしまったのだ。他の2人はパーだった。

 


在籍0日、全くの未経験で部長になってしまった。もう魔女の魔法から逃げられなくなってしまった。

 

 

 

文芸部は毎年、何らかの賞を取るような歴史ある部活動だったようだが、今年は3年生がいなくなれば廃部の可能性もあったようだ。

 


それで顧問直々にスカウトしたのが私たち3人だった、というのが真相らしい。

 


それからは、毎日、詩を作って顧問に提出しなければならず、ダメ出しと酷評のオンパレードの日々が待っていた。毎朝が重圧だった。

 


妄想は得意だが、それを言葉にしてポエムという、無駄を省いた表現に降ろすのは思った以上に難しかった。

 


それに加えて、私には「好きで入ったんじゃないのに!」という反抗心が燃えたぎっていたので、ダメ出しされるたびにポエムの内容も荒れていくという有様だった。もはやポエムなんていう可愛らしいものではなくなっていた。

 


そんなある時、珍しく顧問が私を褒めた。

 


「この表現は素晴らしい!もっと突き詰めればさらに良くなる」と。

 


それは違うクラスの留学生をみて思ったことを詩にしたものだった。

 


何日もかけて修正しては再提出。でもその度に顧問の顔が満足そうに笑みを浮かべている。それが私の気持ちを上向きにさせた。

 


いよいよ最終段階。顧問は言った。

「これはただ傍観してる側の気持ちなわけだけど、この異邦人の子に歩み寄ってみたら、さらに新たな気持ちも湧くかもね」

 


それを聞いて私は

「はい!じゃあ図書室でよく見かけるので話しかけてみます。でも英語ダメなんで自信はないんですけどね」と答えた。

 


一瞬、変な間があった。

 


しばらくの沈黙の後、顧問は「英語?」と低い声でつぶやくように聞いてきた。

 


明らかに表情がさっきと違う。眉間を寄せた眼鏡の奥の視線がぎらつく。それは元の魔女の顔だった。

 


「えっと……この詩は留学生の〇〇さんのことを……」

 


……もういい。この詩はボツ

 


説明する間も無く、顧問はため息をついてノートを突き返してきた。

 


「まさかモロに外国人のことだったとはね……。いい詩だと期待してたけれど」

 


その声は明らかに落胆していた。

 


顧問はどうやら「異邦人とは比喩である」だと思って読んでいたらしい。

 


「集団から離れた女の子」を異邦人に例える私にセンスあり、と期待をかけていたらしいが、なんのことはない、ただ外国人を見た感想に過ぎなかった、ガッカリ。ということだった。

 


私は私で非常にショックだった。目の前の人が自分に失望していく、そんな光景は深く胸をえぐった。

 


私は詩が褒められて顧問の微笑みを見るたびに、魔界に引きずり込まれた私が魔女を人間に戻してあげてる魔法返しができているとすら思っていた。

 


しかしそれはただ有頂天になって浮かれていただけのファンタジーに過ぎなかったのだ。

 

 

 

そして私はこの経験に基づき、ひとつの勘違いを思い込んだ。

 


それは

 


「直球で書いちゃダメだ!文章はひねらないと!!

 


ということだった。

 


とにかく文章は

いろんな意味を絡めて含ませまくって

複雑にしなきゃダメなんだ!!

 


そう、外国人=異邦人みたいなストレートじゃいけないんだ!

 


しかしそんなある日

私のひねってひねって捻り出して書いた文章を見て父は言った。

 


「くどい」と。

「何が言いたいのかわからん」と。

 


そして私は混乱した。

何が正解なのかがもうわからん、と。

 


そして何が正解なのかわからないまま

今日に至っているのである。

 

 

 

あの日の言葉の魔女は正解を知ってたのだろうか。立ち向かって答えをもぎ取ることもなく、魔女の魔界から卒業してしまった。

 


そう考えると、未だに「人に伝わる伝え方」を探して彷徨ってるんだな、と自分に思う。

 

余談だが、この部長になった経緯のトラウマから

何かを決める際にじゃんけんで決めるとなれば

もう自分から引き受けて立候補するようになった。

 

じゃんけんに負けて責任を負わされるくらいなら自分からやってやる、

っていう考えになったのは明らかに魔女の魔法が影響していると思っている。

 

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「剣の女王」

女王さまのカードが出たのに高校時代の魔女の話になってしまった(笑)


なぜ顧問を思い出したかというと

このカードの絵の、剣の女王さまが掴んでいるものを見たからだ。


棒の女王が虎?の頭を掴んでるのと同様に、剣の女王様も何か掴んでるなあ……と思ったら、えー?生首?!


そこから浮かんだのが顧問だったというわけだ。


剣の女王が「築いてきたもので理想を唱え、後世に伝えるために言葉を使う」としたら

「伝統ある部活動を絶やさないために」と動いた顧問と重なる部分もある。

さらには国語教師という言葉のエキスパートでもあったからなおさらだ。


私が対峙したあの日の魔女は、本当は剣の女王の化身だったのかもしれない。

その声は未だに私に問い続ける。「どんな言葉が人に伝わるのかわかったのか」と。


すみません、まだわかりません(汗)

魔界の魔法は未だに解けないようだ。